[特集記事]大学生活で考えたい、取材力の土台

こんにちは、てづぷろサークルです。

「取材力を高めたい」と聞くと、多くの人はまず“質問のうまさ”を思い浮かべるかもしれません。気の利いた切り返し、場を和ませる雑談力、相手の本音を引き出すテクニック。たしかにそうした要素も取材では役に立ちます。ただ、大学生活の中で本当に育てたい取材力は、もう少し土台の深いところにあります。

それは、相手を尊重しながら話を聴き、自分の関心や思いも押しつけずにきちんと差し出せる力です。言い換えるなら、「自分も相手も大切にする対話の姿勢」を身につけることです。これがある人は、取材相手が先生でも、友だちでも、初対面の地域の方でも、立場の違う大人でも、必要以上に構えずに向き合えるようになっていきます。

反対に、この土台がないまま“質問の形”だけ覚えても、会話はどこか表面的になりやすいです。相手が話しやすい空気をつくれず、こちらも聞きたいことばかりが先に立ってしまう。すると、情報は取れても、その人の考えや温度、言葉の背景まではなかなか見えてきません。取材とは、情報を回収する作業ではなく、人と人との間にある見えない距離を少し縮めながら、その人の見ている世界に近づいていく営みでもあります。

今回は、取材力を「上手な質問の技術」としてではなく、大学生活の過ごし方そのものに関わる力として考えてみたいと思います。どうすれば、どんな相手からでも落ち着いて話を聴ける人に近づけるのか。どうすれば、自分の考えを押しつけず、でも曖昧にもならず、対話できるようになるのか。大学生のうちにこの力を育てる意味を、少し深く整理してみます。

学生が対話しながら聞き取りをしているイメージ
写真イメージ(CC/PD素材)出典:Wikimedia Commons

取材力は、「質問のうまさ」より先に「人への向き合い方」で決まる

取材がうまい人というと、何でも聞ける人、沈黙を怖がらない人、会話を転がせる人というイメージがあるかもしれません。けれど実際には、その手前にもっと大事なものがあります。それは、「相手をどう見ているか」です。

相手を“情報源”としてしか見ていないと、会話はどうしても薄くなります。早く答えがほしい、予定していた質問を全部消化したい、記事に使える言葉を持ち帰りたい――そういう気持ちが強すぎると、こちらは聞いているつもりでも、実は相手の話を待っていません。話を聞く前から、どんな答えが欲しいかを決めてしまっているからです。

反対に、取材相手を「自分とは違う世界を生きている一人の人」として見られると、会話の質は変わります。その人はなぜそう考えるのか、その言い方の背景には何があるのか、何を言葉にしにくそうにしているのか。そうしたことに目が向くようになると、質問は“用意したものを投げる行為”ではなく、“相手の話に応じて一緒に形をつくっていく行為”に近づいていきます。

大学生活の中で取材力を育てるというのは、結局のところ、人に対してどれだけ敬意を持って近づけるかを育てることでもあります。先生の話、友人の悩み、先輩の経験、地域の方の思い。相手が誰であっても、「この人にはこの人の時間や事情や言葉の重みがある」と考えられる人は、会話の入り口で相手を急かしません。この姿勢があるだけで、取材はかなり変わります。

アサーティブであるとは、「強く言うこと」ではなく「相手も自分も大切にすること」

ここで大事になるのが、アサーティブな対話の考え方です。アサーションな自己表現という言葉は、単に「自分の意見をはっきり言うこと」ではありません。大切なのは、相手の気持ちや考えを尊重しながら、自分の気持ちや考えもその場に合った形で伝えることです。

この考え方は、取材にとても相性がいいです。なぜなら取材では、ただ聞くだけでもだめで、ただ押すだけでもだめだからです。聞き役に徹することは大切ですが、こちらが何を知りたくて、その話をなぜ聞きたいのかが曖昧だと、相手も話しにくくなります。一方で、こちらの興味ばかり前に出すと、相手のペースや気持ちが置き去りになります。だからこそ、相手も自分も大切にする感覚が必要になります。

厚生労働省の資料でも、適切な自己表現は「自分も相手も大切にすること」であり、相手が理解しやすいように自分の考えを伝えることが基本だと整理されています。この視点に立つと、取材とは“うまく聞き出す技”ではなく、“無理のない対話を組み立てる力”だとわかってきます。

大学生のうちは、どうしても「聞く側は控えめであるべき」「相手に失礼がないように、とにかく低く出るべき」と考えすぎることがあります。もちろん礼儀は大切です。ただ、遠慮しすぎると、結果的に何が聞きたいのか伝わらず、相手もどこまで話せばいいのかわからなくなります。逆に、自分の聞きたいことだけを前に出しすぎると、相手は評価されているような気持ちになるかもしれません。

アサーティブであるというのは、この両極端を避けることです。へりくだりすぎず、押しつけすぎず、相手に敬意を持ちながら、自分の関心もまっすぐ差し出す。取材力を高めるというのは、結局この感覚を磨くことにかなり近いのだと思います。

大学生活は、「話を聴ける人」になるための練習場でもある

大学生活の良さは、単に授業を受けられることだけではありません。年齢も立場も関心も違う人と、意外なくらい接点を持てることです。しかも社会に出る前だからこそ、まだ役割が固定されすぎておらず、「知りたいから聞く」「関わってみたいから話す」という動きが許されやすい時期でもあります。

たとえば授業一つとっても、先生の話をただノートに写すだけで終わるのか、「この人は何をいちばん大事にして話しているんだろう」と考えながら聞くのかで、受け取り方は変わってきます。ゼミでの発言も同じです。自分の意見を言う前に、他の人が何を前提に話しているのかをちゃんと受け止められる人は、議論の中でも信頼されやすいです。

さらに大学には、先生や友人だけでなく、職員の方、学外から来るゲスト、地域の方、卒業生、取材先として出会う人たちなど、さまざまな立場の人がいます。こうした人たちと接するとき、「どんな肩書きの人か」だけでなく、「何を見てきた人か」「何を大切にしている人か」に関心を向ける習慣がついていくと、聞く力は少しずつ変わっていきます。

大学生活を“同じような人とだけ過ごす時間”にしてしまうと、会話はどうしても予測可能になりやすいです。なんとなく分かり合える人との関係は心地よいですが、それだけでは、異なる立場の人の話を丁寧に聴く筋力は育ちにくいかもしれません。取材力を高めたいなら、大学生活は「自分と違う人の考え方に出会う練習場」だと考えるのがいいと思います。

学生同士が対話しながら学んでいるイメージ
写真イメージ(CC/PD素材)出典:PxHere

どんな大学生活を送ると、聞ける人に近づいていくのか

ここで大切なのは、取材力を“インタビューの場だけで使う特別なスキル”として切り離さないことです。むしろ、日々の大学生活の中でどう人と関わるかが、そのまま取材力の土台になります。

たとえば、普段から人の話を結論だけで受け取らない人は強いです。「この人は結局何が言いたいのか」だけでなく、「なぜその順番で話したのか」「どこで少しためらったのか」「何に熱が入ったのか」に気づける人は、相手の言葉の表面だけでなく、背景にも近づけます。これは授業、雑談、会議、サークル、アルバイト、どこでも鍛えられる感覚です。

また、大学生活の中で“すぐに同意しない”“すぐに否定しない”ことも大事です。誰かの話を聞いて、すぐに「わかります」「それ違うと思います」と返したくなることはあります。でも、本当に話を聴ける人は、その前に一度立ち止まれます。自分の解釈を急がず、まず相手の文脈をもう少し受け取ろうとする。その間があるだけで、対話の深さは変わります。

さらに、自分自身の考えを日頃から整理しておくことも重要です。相手の話を聴く力と、自分の中を整える力は、実はつながっています。自分が何に関心を持っているのか、何にひっかかるのか、何をうまく言葉にできないのかがわかっていないと、相手の話にも必要以上に振り回されやすくなります。厚生労働省のアサーション資料でも、何かを伝える前に、自分の考えや感情の要素を整理しておくことが、主張しやすさにつながるとされています。これは取材でも同じです。聞く前に自分を少し整理しておく人のほうが、相手の話を落ち着いて受け止められます。

つまり、取材力を高めたい人が大学生活で意識したいのは、派手な会話術よりも、日常の中で「人の話を雑に扱わない」「自分の考えも曖昧なまま押しつけない」という習慣を持つことです。その積み重ねが、いざ取材するときの安心感になります。

取材が苦手な人ほど、実は“まじめさ”でつまずくことがある

取材に苦手意識がある人は、不誠実だから話が聞けないのではありません。むしろ逆で、まじめな人ほどつまずきやすいポイントがあります。

一つは、「失礼があってはいけない」と思いすぎることです。相手に嫌な思いをさせたくない、変なことを聞きたくない、浅いと思われたくない。そう考えるほど、質問は安全なものばかりになり、会話は当たり障りのないまま終わりやすくなります。もちろん配慮は必要ですが、取材において本当に大切なのは、無難であることより、誠実であることです。丁寧に聞こうとする姿勢があれば、踏み込んだ問いも必ずしも失礼にはなりません。

もう一つは、「ちゃんとした質問を準備しなければ」と思いすぎることです。準備はもちろん大切です。ただ、準備した質問に頼りすぎると、その場で相手の話に反応する余白がなくなります。取材では、あらかじめ考えていたことより、相手がぽろっとこぼした一言のほうが本質に近いこともあります。準備は必要ですが、準備したものに縛られない柔らかさも同じくらい必要です。

さらに、「自分なんかが聞いていいのだろうか」と感じてしまうこともあります。これは大学生にはかなり多い感覚だと思います。でも、大学生だからこそ聞けることもあります。専門家でも記者でもないからこそ、純粋に不思議に思ったことを聞けるし、相手も構えずに話してくれることがあります。立場の弱さは、必ずしも不利ではありません。むしろ率直さに変えられることもあります。

取材力を高めたいなら、「完璧な聞き手になろう」としすぎないことも大事です。大切なのは、うまくやることより、相手の前で誠実であろうとすることです。そのほうが、長い目で見るとずっと強いです。

誰からでも話を聴けるようになると、進路の見え方まで変わってくる

取材力が育つと、記事が書きやすくなるだけではありません。自分の進路の考え方そのものも変わってきます。なぜなら、進路とは結局、「どんな人たちが、どんな言葉で仕事や生き方を語っているか」に触れる中で、少しずつ輪郭が見えてくるものだからです。

大学生活の中でいろいろな人に話を聞ける人は、職業を肩書きだけで見なくなります。先生、先輩、社会人、地域の人、取材相手。それぞれの人が、どうしてその場所にいるのか、何をしんどいと思い、何を面白いと思っているのかを聞けるようになると、「就職先の名前」だけではわからない仕事の中身が見えてきます。

逆に、人の話をあまり聞かないまま進路を考えると、イメージや印象だけで判断しやすくなります。なんとなく華やかそう、なんとなく安定していそう、なんとなく自分には向いていなさそう。けれど実際には、仕事や活動の中身は、外から見えるイメージとかなり違うことがあります。その“違い”に気づけるのは、人の話をちゃんと聴いた人です。

取材力とは、記事づくりのための力である前に、世界を早合点しないための力でもあります。これは大学生にとって、とても大きな財産になると思います。

対話しながら話を聴く場面のイメージ
写真イメージ(CC/PD素材)出典:PxHere

ことばを磨くというのは、結局「生き方の姿勢」を磨くことなのかもしれない

取材力を上げたい、聞く力をつけたい、対話がうまくなりたい。そう思ったとき、すぐに実践テクニックに向かうことはできます。でも、本当に大事なのは、その前に「自分は人の言葉をどう受け止めたいのか」を考えることだと思います。

相手の話を最後まで聞くこと。わかったつもりになりすぎないこと。自分の意見を持ちながらも、相手を押し込めないこと。必要以上に怖がらず、必要以上に強がらないこと。こうした姿勢は、一日で身につくものではありません。でも、大学生活の中で少しずつ意識していくと、人との関わり方そのものが変わっていきます。

そして、その変化は取材の場だけにとどまりません。友人関係にも、ゼミにも、サークルにも、将来の仕事にもつながっていきます。話す力より先に、聞く力を。聞く力よりさらに手前に、相手も自分も大切にしようとする姿勢を。そう考えると、取材力を高めることは、単なるスキルアップではなく、大学生活をどう過ごすかという問いそのものにつながっている気がします。

“聞ける人”になりたいと思ったら、てづぷろで形にしてみるのも面白い

てづぷろサークルでは、記事づくりや企画、取材、発信など、大学や地域をより良くするための活動に取り組んでいます。こうした活動では、派手な話し上手よりも、相手の話を丁寧に受け止められる人、何を大切にしているのかを汲み取ろうとできる人が、実はとても強いです。

取材力を高めたいと思っている人にとって、記事を書くことや人に会って話を聞くことは、練習であると同時に実践の場でもあります。友だちの話、先生の話、地域の人の話、活動している人の思い。そうしたものを受け止めて、言葉にし、誰かに伝えるところまでやってみると、「聞く」という行為がぐっと立体的になります。

まだ自信がなくても大丈夫です。むしろ、うまく聞けるようになりたい、もっと対話の力を育てたいと思っている人ほど、こうした場は相性がいいと思います。大学生活の中で、ただ何となく会話するのではなく、「人の話をきちんと受け取れる人になりたい」と思ったら、その気持ちはすでに大きな一歩です。

もし、取材力を大学生活の中で本当に育てていきたいと思ったら、ぜひてづぷろサークルの活動ものぞいてみてください。話を聴くこと、ことばを磨くこと、誰かの思いを企画や記事として形にすること。その面白さを、一緒に育てていけるかもしれません。

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